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ミルク1万年の会 2024交流会~私が考える酪農とミルクの未来~

マーケティング研究を通して考える新しいミルクの価値づくり
研究者 上田隆穂さん(北海道大学大学院 農学研究院 客員教授)

 私は酪農乳業についてはさほど多くの研究をしたわけではありませんが、その中で、ミルクに関しましてはどちらかというと小売のデータを使ったり、消費者へのインタビューとアンケートから、テキストマイニングをしたりしながら研究を行ってきました。今日の交流会のテーマは、産業の持続可能性についてだと思いますが、私の場合は、他の講演者と比べてみるとマクロ的なところをお話しするということになります。

消費者の価値構造を考える
 消費者が感じる価値に関する研究は結構やられています。マーケティングの世界では、価値は4階層からなると考えられています。まず、日用品ブランドの場合は、下層から、基本価値、機能的価値、感覚的価値、そして一番上は観念価値となり、三角形の構造をしており、下の方が大きな割合を占める価値です。しかしプレステージブランドの場合はこの三角形が逆で、上の方が大きいということになります。
 例えば花王のメリットシャンプーで考えてみると、基本価値は「髪を洗う」ですよね。それから機能的価値は「フケ・かゆみ防止効果」、感覚的価値は「仕上がりさっぱり」、そして最上位の観念価値は「身だしなみ」というふうに、価値を解釈できます。それでは、例えばこのバーキンのバックはどうでしょう。この価格は幾らだと思いますか。高いです。大体1500万円です。これを4つの価値構造で考えると、基本価値は「物を入れて運ぶこと」でしょう。スーパーの袋と一緒ですよね。でも機能的価値ってなると、スーパーの袋より丈夫そうですね。感覚的価値になると、これって「綺麗だし、かわいいし、美しい」。でも、「かわいい美しい」袋はどこにでもあるでしょう。決定的に違うのはどこかとなると、一番上の観念的価値です。ここが全く違って、このバーキンのバックを自分が持っていて他の人が持ってないと、自分が素敵で特別の人間だ!ということなり、ここはもうスーパーの袋とは決定的に違ってくる。
 消費者にとって、商品の価値構造はどのようなものか?という話を簡単にしましたが、これを酪農乳業の方にちょっと寄せて牛乳で考えてみましょう。牛乳の基本価値は、まず「小腹を満たすとか、飲料でパン食に合う」とかでしょうか。機能的価値は「タンパク質やカルシウムを豊富に含んでいる健康飲料で相対的に低価格である」ということでしょう。感覚的価値は、「他の飲料より身体にいいとか、子供の成長に有用とか、新鮮で美しくおいしい飲料」ということになるわけですね。それでは、観念的価値はどうかというと、「飲む人が健康に暮らせ家族が団らんできる飲料、健康に子供と暮らせる喜び」というふうになってくるわけで、ポイントとしては「家族の健康的な暮らし」ということになるのではないでしょうか。



新しいマーケティングの変化、カスタマージャーニーとエシカル消費
 でもこうした価値の構造は、実は従来型で、マーケティングの視点で見るといま変化してきています。主に二つの変化があります。
 ひとつは、マーケティングにおいて、消費者との接点をすごく大事にするということです。
 消費者の行動において、消費者はどこでミルクと接点を持っているのかを見ると、その接点はとても多様です。その多様な接点ごとに消費者とのリレーションシップを構築していく。こうした考え方を、売り手の視点では「オムニチャネル」と言います。具体的には、牛乳と消費者の接点は、お店や学校給食、乳業のWEBサイト、料理の本、観光牧場の牧場体験など、本当に多様です。こうした接点を「循環」させるようにしてさらに増やして行き、それぞれの接点での情報や消費者との関係を統合的に管理していく必要があります。そうした消費者の多様な関係性を「カスタマージャーニー」と呼ぶこともあります。この管理のためには、関係者が分担して情報を出していかないといけない。それで相乗効果を出さなければならないということになります。
 もうひとつの変化は、「新しい観念価値」である「エシカル消費」の登場です。これは最近の重要な変化です。日本語では、「倫理的消費」と訳になっていますが、要するにこれは、地球温暖化や生物多様性、ジェンダーフリー、地域社会の活性化などの社会的課題の解決を考慮したり、そうした課題に取り組む事業者を応援したりしながら、消費活動を行うことです。こうした、いわば「応援消費」が新しい消費のあり方として強まりだんだん拡大しつつある訳です。
 まさに、「あなたの消費が世界の未来を変える」というメッセージを持っています。消費者は、日々の消費行動を通して、社会の発展に貢献できるという感覚を持つことができます。イギリスでは、すでにエシカル消費の市場規模が10億ユーロまで育ってきています。国際的なフェアトレード認証製品の市場規模も急速に伸びています。エシカル消費の動きが、日本で広まって来たのは、2011年の東日本大震災後ですね。だんだんに拡がっていって、2014年ごろから若者にも浸透し始めて来たと思います。従って、今後は、こうしたエシカル消費の広がりに対応して、オムニチャネル的に酪農乳業界全体で取り組む。まさに「ミルク・カスタマージャーニー」を戦略的に進めることが業界として重要でないかと考えております。
 こうした「エシカル消費」に代表される、新しい消費者の変化に対応しつつ、企業や産業が、多様な社会的課題の解決という責任を積極的に果たすという視点と結びついた新しい価値を創出し、それを源泉にした長期的利益を実現できる企業活動のあり方が求められています。 こうした企業の取り組みを一般に「サスティナブル・マネジメント」と呼んでいます。このサスティナブル・マネジメントの酪農乳業モデルを作っていくことが必要でしょう。

現在取り込まれているサスティナブル・マネジメントの特徴と今後の成長戦略
 そこで、ネットから得られる食品業界のサスティナブル・マネジメントの取り組み情報をもとに、その取り組みを分類してみました。そうすると全部で14に分類できます。それは、不燃物ゴミ等の活用、エコフィード、産業遺産遺跡・自然等の活用、食品ロスの低減、技術協力、販売協力、参加体験型イベント、企業等他社とのコラボ、環境保全、地産地消、地元由来のもの・ことのブランド化、人や材の多様性、アニマルウェルフェアです。
 まだ、酪農乳業での取り組み情報はネットには多くありませんが、アニマルウェルフェアやエコフィードの取り組みが多いようです。そこで、主成分分析や判別分析にかけて一般業界と酪農業界の違いをみました。
 その結果は、全体としては、エコフィード・環境保全・アニマルウェルフェアなどが中心となる「牧場型」、不要物の活用・産業遺産や自然の活用・参加型イベントが中心の「観光地型」、技術協力・地産地消などの「技術指導のコラボ・地産地消型」、地元由来のモノ・コトのブランド化などが中心となる「ブランド強化型」、販売協力・人と材の多様性を中心とする「流通強化型」、食品ロス低減・企業等とのコラボの「コラボで食品ロス低減型」に分類できます。
 ネットでの情報や本日の交流会の発表内容を聞くと、現在、サスティナブルな取り組みを行なっている酪農場の場合は、「牧場型」、「観光地型」、「技術指導のコラボ・地産地消型」が多いことがわかりました。
 したがって、今後の成長戦略という視点で考えると、現在の取り組みを通して、従来の酪農乳業としての社会貢献的な観念価値に磨きをかけるとともに、例えば、教育機関や介護施設とのコラボによる教育育成事業や家畜とのふれあい事業、他の食品業者などとの地域経済拡大等による社会貢献事業を行うことが期待されます。一方、「ブランド強化型」、「流通強化型」、「コラボで食品ロス低減型」の取り組みは酪農乳業ではまだ行われていないようですので、新しい取り組みとしてトライアルすること重要でしょう。